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2006年07月24日

鹿児島県川内市

川内市と書いて”せんだいし”と読める人は余り多くないで
しょうね 現在は合併して薩摩川内市となっているようです
今回水害の報道で思いがけずこの懐かしい地名を耳に
しました

私は学校を出てから8年の間この川内市で会社勤めを
しておりました 工場の寮を出て最初に住んだ借家が
川内川の堤防のすぐ下でした 焼酎で有名な五代町って
名前でした 東シナ海に面した河口まではまだ20Kほど
ある場所でしたが、それでも両側の堤防一杯に水流があり
この辺りの天竜川や大井川とは比べものにならない水量が
ありました この堤防が切れたら怖いだろうなとその頃にも
思いました

川内辺りは古くから川内川の氾濫に悩まされてきた土地だった
ようです その借家は大変古い家で、柱や壁に昔水没したときの
跡がくっきり残っていました 柱には中程にほぞ穴が切ってあり
土地の古い衆に聞いた話では、洪水の時にはそこへ角材を差し込んで
仮の高床をはり家財道具をのせて非難したんだそうです

昔は堤防が決壊する前に水門を開けて水を逃がし、ゆるゆると町
を水浸しにすることで逆に家の倒壊を避けたそうです
今のように私権の強くなってしまった世の中では考えられませんが
領主さまにはそういう英断も必要だったんですね

なんとも薩摩らしい気骨のある話だと感心したもんでした

投稿者 sinbei : 2006年07月24日 15:24