« 2006年06月 | メイン | 2006年08月 »
2006年07月31日
面談
息子の担任の先生との面談があったので
高校へ行きました 夏休み中の学校の雰囲気もいい
もんです
正門を入るといたるところにブラバンの部員がいます
あっちこっちに散らばって各々の楽器を吹いていました
それぞれ周りにはお構いなしに自分の音だけに集中して
吹いている そのいろんな楽器の音が重なって聞こえます
自分達が意図せずに発している音の重なりが何かを伝えて
いる そんなことあの子達は知りもしない
次はビッグバンドを聴きたいなぁなどと思ってしまった
2006年07月30日
太田耕平の指
背も高かったけど指も長かった
あの指でつままれるとスティックも割り箸みたいに
細く見えた それにスティックが長く見える
でも1cm長いだけだそうだ 長く握っているからだ
と言っていた でも長く握るとコントロールは難しい
上手い人はみんな握りが柔らかい 太田耕平は
特にそう思う 肘と手首、指先の柔らかさを真似したい
彼枝豆つまむ時にもほんと柔らかい手つきだった
普通に立つ
ギブスを外し松葉杖も使わないで普通に立つことが
出来るようになりました 左右の足に均等に体重を掛ける
訳ではありません ”休め!”くらいの形
あまり体重を掛けすぎると足首に痛みが出てきます
その寸前くらいまで体重を掛ける
まだ先生の許可はありません でも多分大丈夫だと思って
やっています 先生は余りに忙し過ぎるみたいで、正直
期待していない これは自分で判断してやっていくしかないなと
足首も大分曲がるようにはなってきましたが、まだ右足とは
比べものになりません でも腕立て伏は出来るようになりました
普通に立てるとチベットの1番も出来る これで1,2番はいける
プールにも行ける リハビリ歩行には最適です
恨めしかった夏空が少し友達になって来た
2006年07月29日
廈門大学
昨日家へ来た通訳の余さんは今廈門大学の日本語学科の助教授を
していると聞いてちょいとびっくり 詳しく聞いてみると廈門大学本体
ではなく、謂わば廈門大学2軍の助教授なんだそうです
こんなんあり?っていうような中国的サプライズなんですが
廈門大学が出資して廈門大学に入れないレベルの学生を
収容する大学内大学を作ったんだそうです 名前には廈門大学を
冠しているので、それなりにネームバリューもある 廈門大学の
ブランド力を活かした新手のビジネス
90年代の始めの頃、中国はめちゃくちゃに面白かった
警察が経営しているカラオケ(絶対安全だそうだ) 警察が
経営しているタクシー会社(絶対有利) 税関が経営している
貿易会社(これも絶対有利) 人民解放軍が経営している
割り箸会社(あまり評判よくなかった)
国にお金がなく”みんな頑張って金を稼げ”と政府が旗を振った
おかげでこういうアコギな商売が横行 誰が聞いてもそりゃ
ないんじゃないの? って話ばかりで めちゃくちゃ面白かった
今はそれほどでもないけど、口があんぐり開いてしまうような
お話には事欠きません
2006年07月25日
Return of 大森明
宮之上ライブの余韻から醒めはじめた頃
大森明の新譜が来た
Kennyの話じゃ”今いち”ってことだったが
聴いてみるといいじゃん きっと音量を
加減して聴いてるからそうなんだ
JAZZは音量を上げて聴くべし
3曲目のオリジナル”春宵” 確かこの曲
森のライブでもやったな ベースのテーマが印象的な
3拍子の曲だ リハの時あの渋いベーシストと大森
さんが何度もそのイントロのとこを合わせていた
今度のCDではトランペットとのユニゾンでテーマを
吹いている サックスだけよりズッと曲の雰囲気が出せる
いい曲だと思う
大森さん辺りへ戻ろうかと思っていたところだった
2006年07月20日
明日
この間、前祝いは済ませたけどまだ間に合うので
今夜も一人前祝い 明日になれば全部が一度に始まり
一度に終る 終わった後の上がりはそりゃあ楽しいだろうけど
もう少しこの企てを楽しみたいじゃないか
2006年07月17日
ハイエースに乗る
骨折後始めてハイエースに乗る ギブスを付けた足で
クラッチを踏むのは危険には違いない おまけに結構
痛い でもこれもリハビリの内だ こうやって足に力をつけにゃ
いかん なんせ後1月で歩かにゃいかんのだ
信濃大町の駐車場に留め置いたまま乗って帰ることも
出来ず、しばらく放置するしかないかなと半分諦めていた
ものを広島の友達が名古屋まで運んでくれ。 さらに
翌翌日広島から名古屋へ出て来てハイエースを拾って森まで
届けてもらった。 御陰でこうやって何もなかったように
乗っていられる。
怪我をするとマニュアル車はなかなか大変だとか思う
これを機にオートマに替えようかなとも思ったけど
これだけ因縁の籠もった車を替える訳にはいきません。
まだまだ乗るぞ!
運転席にはその時のフリスク。 アルペンルートの
割引券。 念の為にもっていったタイヤチェーンが
そのまま乗ってました。
2006年07月16日
ハイハット踏む
左足が少しづつ回復している
ギブスを外してハイハットのペダルを踏んでみる
手術をした部位の近くに少し痛みがあるもののなんとか
いけそうだ スプリングを調節して軽くすればいい
足の指に力を付け、足首の動きを回復するリハビリにもなる
だろう
怪我する前に課題だった緩い8ビートの曲をやってみる
無意識にハイハットが鳴る なんだ いけるじゃん
投稿者 sinbei : 06:31 | コメント (1) | トラックバック
2006年07月14日
荷重30%
今日はちょっとギブスをいじってもらって
いままで完全に浮かせていた左足を接地
させて30%程度の荷重がかかるようにしてもらった
30%って言うからなんかの計測器みたいのが
あって測るんだろうと思っていたらこれが極めて
いい加減 ベルトの閉め方によっては50%にも
70%にも成りうる
”まだ全部掛けちゃまずいんでしょ?”とギブスの
技師に聞いてみたけど、そりゃまずいとは言うものの
”負荷が掛からないと骨も成長しませんから”
”負荷掛けすぎると痛みがでますから、そしたら
またネジゆるめて調整してもらえばいいです”
え~そんなこと勝手にやっちゃっていいだ~?
わざわざこれしきのことで病院に呼ばれて来た
のだから患者には勝手にギブスを触らせないという
意思の表れだと思っていたのに なんかええ加減やの~
でも兎に角松葉杖には頼っているものの自分の左足を
着いて歩くことが出来たのは感激でした 思い切って
体重を乗せてみても別に痛みもない 足の指とかに
力が入らないのでよたよたはしてるけど、これは
ジャイアントステップです
いつも集荷に来ている福山通運の運ちゃんは
2年前に僕と同じところを労災で骨折したそうです
いつも少しビッコを引いているので、なんだろう?とは
思ってましたが、まさかのご同輩でした
治療が長引き解雇寸前までいった為満足なリハビリも
できずそのまま足首が固まってしまったそうです
その見返りいうのでしょうか、障害者の認定を受け
お金がもらえたそうです 喜ぶべきか
僕はもう一度きちんと正常に歩きます
2006年07月04日
回収されたザック
ヘリコプターで引き上げてもらった時に僕が身に付けていたのは
デジカメだけだった 眼鏡も補聴器もとばされてしまっていたし
現金、カード、保険証、携帯、車のキーは全部ザックの中だった
ザックは向こう岸から投げてもらったザイルに結わえてあったものの水の流れが
激しく友人達だけでは岸に引き上げられなかった でもその時はそんなものも
どうでも良かったけど
病院へ運ばれてから衣類やスキーブーツを脱がされ丸裸になった
何も持っていない 体も動かせなかったけど、何も持っていないと
どうしようもない ここの支払いは、どうやって帰る
幸いザックは友人達と通りかかった他のパーティーが一緒に引っ張り
上げてくれた ずぶ濡れのザックからなるべく水を絞り落としただろうけど
20K位はあったはずだ あの後の1時間半の行程を自分のザック以外に
20K背負って歩くのは随分大変だっただろうと思う
御陰でその夜には友達が病院まで届けてくれた 付属品がないと僕は
まともな人間にならない