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2008年10月19日
雨飾山

中高年登山者の憧れの的 秋紅葉の雨飾山
骨折後の復帰戦の舞台は余りにメジャーでした
夜明け前からバスに乗ったおじいさん、おばあさん
”おじさん、おばさんではない”の団体が続々到着
登山道は長蛇の列となったのでした
この山2000m弱の標高を甘く見てはいけませんね
投稿者 sinbei : 21:25
2007年10月13日
北岳
北岳の標高は3192m
円周率の3.14と同じくらい当たり前に覚えている数字
でも最近では3193mと表示されるみたいだ
10年程前家族で甲斐駒に登った時、北沢峠に
向かうバスの中で南アルプスの北部は未だに
隆起を続けていてその内に三峰も3000mになるような
話をアナウンスしていたのを思い出した
それと関係あるんだろうか?
確か昔の地図には北アルプスの
剣岳は3003mと表示されていたように思うんだけど
いつのまにか2998mになったり2999mになったりしている
随分がっかりしたのも随分昔の話だ
投稿者 sinbei : 00:21
2007年04月02日
妙高高原

新潟へ向かう途中数年前の山スキーで来た
妙高高原を通り過ぎました
やっぱり残雪が少ない ・・・でも今年の僕には
関係ない か
ネジが抜けたら足慣らしにハイキングに来るのも
いいかも
投稿者 sinbei : 17:31
2006年12月20日
赤石岳
東名高速で安倍川を通過するときに
上流方向を見ると山並みの向こうに
ひときわ高く、真っ白い山が見えます
赤石岳です
少し東へ進んで静岡インターの手前辺りでは
その左に聖岳も見えて来ます
どちらも南アルプスの3000m峰です
この季節にあそこまで行く体力はもう
ないなぁ
投稿者 sinbei : 22:37
2006年10月10日
広島お好み村
広島へ来たら”お好み焼き”を食うしかない
それも本通りにある”お好み村”で食うしかない
今じゃビルになってしまってはいるものの
それでも”お好み村”は広島じゃけ~
二階の一番奥にある店に入ったら
おばちゃんが昼間っからジャックダニエルを
飲んでいた 長年水商売に浸かって
きた感じのスエ切ったおばちゃんだ
これじゃ誰も入る客はいんな~ とは思った
もののそのいかにも昔の広島らしいおばちゃんが
気になって座ってしまった
生ビール+お好み焼きを食べながら
北朝鮮核実験のテレビを見ていた
投稿者 sinbei : 17:09 | コメント (2) | トラックバック
2006年07月04日
回収されたザック
ヘリコプターで引き上げてもらった時に僕が身に付けていたのは
デジカメだけだった 眼鏡も補聴器もとばされてしまっていたし
現金、カード、保険証、携帯、車のキーは全部ザックの中だった
ザックは向こう岸から投げてもらったザイルに結わえてあったものの水の流れが
激しく友人達だけでは岸に引き上げられなかった でもその時はそんなものも
どうでも良かったけど
病院へ運ばれてから衣類やスキーブーツを脱がされ丸裸になった
何も持っていない 体も動かせなかったけど、何も持っていないと
どうしようもない ここの支払いは、どうやって帰る
幸いザックは友人達と通りかかった他のパーティーが一緒に引っ張り
上げてくれた ずぶ濡れのザックからなるべく水を絞り落としただろうけど
20K位はあったはずだ あの後の1時間半の行程を自分のザック以外に
20K背負って歩くのは随分大変だっただろうと思う
御陰でその夜には友達が病院まで届けてくれた 付属品がないと僕は
まともな人間にならない
2006年06月26日
獺祭
水没したデジカメから回収したスマートメディアには
しっかりデータが保存されていました
この写真が欲しかった
友達が持って来てくれた獺祭大吟醸
2006年05月27日
立山
もう一週間も経つんだ 実感がない
先週の今頃商工会の総会が終わるのを待って
立山へスキーに出掛けた 総会後の懇親会を
さぼって
室堂のみくりが池温泉に泊まって雷鳥沢を
滑り翌日は御山谷を黒部湖に滑り降りて
黒部ダムまで行くコースだった
突然の雷雨の中の雷鳥沢の滑走
突然訪れた快晴、夕日
翌日も一の越からの御山谷の滑走は
これまでで最高に気持ちいい滑りだった
スキーできる場所も終わってスキー板を担いで
沢を降り、目の前に黒部湖が見える地点で
道を探していた 谷の反対側に渡る必要があった
出来れば濡れずに渡りたい 何しろ雪渓の水は
切れるように冷たいし徒渉には危険がつきまとう
目の前に一カ所だけ繋がったスノーブリッジが見つかった
そこまで行きたいという焦りの気持ちがどこかにあったの
かも知れない
その刹那のことはまったく記憶になく
斜面を滑り落ち数回バウンドし沢の流れの中に
落ちた 担いでいるスキー板がどっかにひっかかって
顔が水面に出せないでもがいた さらに水勢で流され
しがみついた岩にはい上がる
息を整えて体を確認すると左足が動かない
これはダメだと思った 自力では脱出できない
暫くして沢の向こう岸にパーティのメンバーが見えて
ほっとする 彼らも手の施し様が無く救助を要請し
約1時間後ヘリにつり上げられて富山の病院に搬送された
それから程予想されたように事態は進行して
今森町病院にいる
天国から真っ逆さまに滑り落ちたっていうスキーだな
投稿者 sinbei : 10:18 | コメント (9) | トラックバック
2006年04月02日
野伏ヶ岳
3月というか今期の仕事が終わって野伏ヶ岳へ出かけた
ここ数年恒例のミニツアーにギダ君が今年選んだのは
去年一昨年に行った大日ケ岳、水後山から谷一つ隔てた
野伏ヶ岳 地図で見ると白山登山口の鳩ヶ湯の真ん前の山になる
それと積雪期でないと登れない山というのに惹かれた
昨冬の雪の多さと直前に降ったであろう新雪の深さを心配していたけど
案の定だった 日中気温が上がったお陰で雪が腐って重く深い雪に
激し体力消耗 山頂まで後1時間ほどのところでビールになってしまった
それがこの木の下
2005年10月12日
行けなかった九重山

九重山へ行った仲間がメールで写真を送ってきた。
僕は九重山でこんな青空に出会ったことが無かったから
凄く羨ましい。 その場に居合わせなかったことも含めて。
2005年10月07日
九重山
今頃は明朝の早立ちに備えて少し緊張していたかもしれない。
でも飛行機のチケットをキャンセルし、友達にお詫びのメールを書き
出不足のご祝儀を送った今となっては却って落ち着いて山のことを
書くことが出来そうだ。 自分の為に九重山のことを書こう。
最初に行ったのは2年の夏。 ラリーの集中場所だった。
集中前の分散コースで傾~祖母の縦走を経験していた。
初めての本格的な登山だった。 雨にも降られたし、ぬかるんだ
縦走路は背の高さを超える笹で視界も利かない。
耐久レースみたいな山だった。
一度下山して竹田の辺りへ出て来た時には
下界に馴染めなくて違和感を感じていた。だから
もう一度九重に入った時にはホットしたものだった。
なぜかずっと雨に降られていたような気がする。
長者原から湿原を通って雨が池の峠を越えて坊がつるへ
入った。 相変わらず道はずぶずぶにぬかるんでいて
誰か転ぶのが可笑しかった。 ぬかるんだ道に倦んで
来た頃に坊がつるへ着いたように覚えている。
そこには先発隊や他のコースの連中が集まっていて
もうすっかりキャンプ村になっていた。
集中してからは別の班編制となる。 ゲームをしたり
久住山へハイキングしたり、夜にはキャンプファイヤーがあった。
でも自分の居場所が見つけられない。 誰としゃべればいい。
ラリーが終わって広島へ戻るまでそんな気分が続いて
いた。
今になって何故そんな気分になってしまったのだろうかと
考えてみる。それは、その後の山行でも繰り返し襲われた
気分で何も落ち込んでしまうようなものじゃなかった。
ただいつも山を下りた後は無口になる。 それが
きつい山であるほど。
